なぜ銅箔は「滑らか」にすればいいわけではないのか?
― 低伝送損失とピール強度。銅箔に求められる相反する性能 ―
高速信号を扱うPCBでは、銅箔表面の凹凸を小さくした低粗度銅箔が重要になります。では、銅箔を限界まで滑らかにすれば、それで最高の銅箔になるのでしょうか。答えは「そう単純ではない」です。銅箔には、電気特性だけでなく、樹脂との密着性やピール強度も求められるからです。
1.高速信号では、なぜ「滑らか」が欲しいのか?
高周波では導体表面付近に電流が集中する表皮効果の影響が大きくなります。そのため、銅箔表面の微細な凹凸は、信号が進む経路や損失に影響します。
古河電気工業も、高周波対応銅箔について「表面の凹凸が伝送損失に大きな影響を与える」と説明し、表面の凹凸を抑えた銅箔を展開しています。

図:銅箔表面の粗さと高速信号の伝送損失をイメージした概念図。実際の電流分布・損失値をそのまま示すものではありません。
だから、AIサーバーや高速ルーターなどの高性能PCBでは、VLP、H-VLPなど、より低粗度を狙った銅箔が開発されています。実際に古河電工の現行ラインアップでも、H-VLP4などの超低粗度銅箔が高周波用途向けに展開されています。
2.では、銅箔を「ツルツル」にすればいい?
ここで、PCB材料を知らない人ならこう考えるかもしれません。
ところが、PCBでは銅箔を樹脂と貼り合わせる必要があります。
銅箔と樹脂の界面には、十分な密着性が必要です。銅箔表面の処理は、この密着性と電気特性の両方を考えて設計されます。
3.そこで登場するのが「ピール強度」
ピール強度とは、銅箔を樹脂基材から引き剥がすときに必要な力を評価する指標です。PCBでは、銅箔が基材から簡単に剥がれてしまっては困ります。
ただし、ここで一つ注意したいのは、「粗いほどピール強度が高い」と単純化しすぎないことです。
銅箔の密着性は、表面の凹凸だけで決まるわけではありません。粗化処理の形状、表面処理層、樹脂との化学的な相互作用、工程条件など、複数の要素が関係します。
実際、銅箔メーカーは「低粗度」と「高い密着性」を同時に狙った製品を開発しています。古河電工のF0X-WSも、非常に小さな粗化粒子と表面処理によって、低伝送ロスと密着力の両立を特徴として掲げています。
4.粗化処理には「接着を助ける」という役割がある
銅箔の表面処理を理解すると、この矛盾が少し分かりやすくなります。
電気の視点
表面の凹凸は小さい方が有利
高速信号では、表面粗さを抑えることで伝送損失低減を狙いやすくなります。
接着の視点
樹脂との密着性を確保したい
表面処理や粗化によって、樹脂との界面で必要な密着性を確保します。
つまり、銅箔メーカーが目指しているのは「ただ滑らかな銅箔」ではありません。
これが、高速・高周波用銅箔の技術開発を理解する上での重要なポイントです。
5.「Raが小さい=最高の銅箔」ではない
ここは、電子材料を理解するときに非常に大切なところです。
銅箔の表面粗さを示す値としてRaやRzなどがあります。しかし、数値だけを見て「小さいほど絶対に優秀」と判断するのは危険です。
例えば、ある用途では伝送損失を最優先し、別の用途では加工性や密着性、信頼性、コストなどとのバランスが重要になります。
さらに、同じ「低粗度」でも、粗化粒子の形状や表面処理の設計が違えば、実際の性能は同じとは限りません。
つまり、銅箔の性能は「粗さの数字1個」では語れないのです。
6.AIサーバー向け銅箔が難しい理由
AIサーバーなどでは、より高速・大容量の通信が必要になり、PCBにも低損失化と高信頼性の両立が求められています。古河電工も、生成AIやデータセンターの拡大を背景に、低粗度・高周波対応銅箔を展開しています。
ここで要求されるのは、単純な「一番滑らかな銅箔」ではありません。
- 高速信号の伝送損失を抑える
- 樹脂との密着性を確保する
- 熱履歴に耐える
- 微細回路加工に対応する
- 長期信頼性を確保する
これらを同時に成立させる必要があります。
7.銅箔メーカーの技術は「矛盾を解く技術」
銅箔の世界を面白くしているのは、この「相反する要求」です。
メーカーは、単に表面を削って滑らかにするだけではなく、電解条件、粗化粒子、表面処理、材料との組み合わせなどを工夫して、性能のバランスを取っています。
古河電工の技術資料でも、高周波用銅箔について「表面平滑性」と「樹脂などへの密着性」のバランスを狙う開発が説明されています。
「滑らかにすれば高性能」というのは、半分正解で、半分不正解です。電気信号から見れば滑らかさは重要。でも、PCBは銅箔だけで完成する材料ではありません。樹脂と貼り合わせ、熱を受け、加工され、何年も使われます。
材料の本当の性能は、ひとつの数字では決まらない。
そこに電子材料の面白さがあります。
まとめ
- 高速信号では、銅箔表面の凹凸が伝送損失に影響する。
- そのため、高速・高周波用途では低粗度銅箔が重要になる。
- 一方、PCBでは銅箔と樹脂の密着性も不可欠。
- ピール強度は、銅箔と基材の密着性を評価する重要な指標。
- 密着性は表面粗さだけでなく、表面処理や樹脂との相互作用などにも左右される。
- 最先端の銅箔技術は「低粗度」と「高い密着性・信頼性」の両立を目指している。